管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第9回は「短音階と導音~音楽とエネルギーの話」。「合奏するためのスコアの読み方(その4)」です。今回は短音階やエネルギーのお話。何度も読んで理解を深めていきましょう。なぜならあなたは「スーパー学指揮への道」を歩んでおられるのですから・・・ッ!!
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その4)
秋も深まり朝夕は随分と涼しくなりましたね。1ヶ月前はまだ猛暑日もありましたので一気に秋が深まったように感じます。外を歩くと金木犀の香りも各所でするようになりました。金木犀の甘い香りが僕はとても好きですが、逆にあの香りが好きではない人もいるようで、人の好みというのは千差万別であるものだと感じます。僕たちと同じく音楽に関わり親しんでいる皆さん、日々「よく聴いて」「よく見て」ということを言われると思いますが、良い音楽を聴き、良い景色を眺めることはあなた自身の音楽表現にとって非常に大事なことです。それと同じように「嗅覚」「味覚」「触覚」の五感を意識し研ぎ澄ますことはとても重要だと思います。いろいろな良いもの(時には悪いものにも)を感じるためのアンテナを全方位に張り巡らす気持ちを忘れずに。「良いもの」を知ることは大切です。もっと視野を広げ、範囲を広げて好奇心や研究心を忘れずに音楽や合奏を楽しんでいきましょう。
§1.エオリア旋法と短音階
みなさんが親しんでいる「長音階」は「イオニア旋法」がその起源であったように、それと双璧をなす「短音階」は「エオリア旋法」をその起源としています。エオリア旋法の音配列はこのようになっています。
A-H-C-D-E-F-G-A(音名はドイツ音名)
この音配列を前回学んだ「テトラコード」に解剖してみます。
A-H-C-D/E-F-G-A
ドイツ音名ではBはHとなりますが、Aから始まるアルファベットの並びなので、わかりやすいですね。このエオリア旋法がAから始まるということによりイオニア旋法(長旋法)がCからが始まることになります。ここに全音階の幹音列が「Cから始まる」ことに明確な意味が出てきます。密接な関係、例えるなら「太陽と月」の関係ともいえる長調と短調が「AとC」の関係になることはとても都合がよく、分かりやすいと思いませんか?これが長音階の開始音がもしA だったら・・・短音階の開始がFとなり少し分かりにくくなりますね。
エオリア短旋法の音程間隔を確認してみましょう。
短音階=全音―半音―全音―全音―半音―全音―全音
長音階との半音の位置の違いを確認してみてください。
長音階=全音―全音―半音―全音―全音―全音―半音
この長調と短調の音配列やテトラコードの構造モデルは自分のものになるまで繰り返し読み返して覚えておきましょう。
§2.短音階には3つの種類がある
短調(Moll(ドイツ語)、Minor(英語))の語源はラテン語のmollisで「柔らかい」という意味を持っています。長調(Dur)が「固い」という意味であったのとここでも絶妙な対比を見せていますね。これから短調の曲に触れるときは「悲しい」だけでなく「柔らかい」というニュアンスがあることも思い出してください。あなたの周りにいる少し暗く静かな人が、本当はとても柔らかく優しい心を持っているあなたにとって大切な人かもしれませんよ・・・。
エオリア旋法を起源とする短音階のことを「自然(的)短音階」と呼びます。エオリア旋法がそのまま配列されている「基本形」なのでこのような呼び方をします。基本形があるといことは進化形があります。「進化」といってもポケモンの進化とは違い、どれが小さくてどれが大きいということではありません。音楽の進化に伴ってそれに都合がいいようにモデルチェンジしたものです。Minor(短調)だけにマイナーチェンジですね。
ここでエオリア旋法の音階を確認しておきましょう。
エオリア旋法が起源となる短音階の種類は以下の3つです。
・自然(的)短音階=エオリア旋法
・和声(的)短音階
・旋律(的)短音階
短音階には上記の3種類があります。この3種類を説明するのに今まで登場していない音楽用語が出てきますが、その用語についてはまた項を改めてお話ししますので、必要最小限の注釈のみ、ここでは説明します。
§3.音楽とエネルギー
各短音階の説明をする前に音楽について、ちょっと考えていきましょう。
音楽は絵画や彫刻のような「空間芸術」と違って、時間的な経過で形作られる「時間芸術」ですね。もちろんその時間芸術である音楽が、聞き手や演奏者にある意味での「空間」をイメージさせることはありますが、ここでは混乱を避けるため「時間芸術」であることを強調したいと思います。
皆さんにここで、指揮者として、音楽家として一番大事といっていい心構えをお伝えしたいと思います。僕たちは「時間芸術」である音楽に関わっています。加えてその「時間芸術」である音楽をメンバーの前に立ち合奏で指示する立場にいますね。ですから指揮者や音楽的なリーダーは時間に対する意識を高くしなくてはいけません。もちろん遅刻は論外、決められた時間に合奏を始めないということは絶対にやってはいけないことです。時間にだらしない人が時間芸術である音楽の合奏で他の人に立派な指示などできる資格はないと強く胸に刻んでおきましょう。遅刻しないことはもちろんですが、決められた合奏時間を守り、終了時間や休憩の時間の予定も守るという心構えが大切です。時間をマネージメントできない人が時間芸術である音楽を上手にマネージメントできるはずがありません。
この音楽の時間的経過は動きの過程という体験となって聴き手の中に現れます。その動きの過程はあらゆる音それぞれが持っている動きの「エネルギー」に基づいています。音楽にとっても重要な人物である古代ギリシャの数学者であり、哲学者でもあったピュタゴラス(ピタゴラス)から「調和」の教えを受け継いだ、同じくギリシャの自然哲学者であるヘラクレイトスの言葉に「万物は流転する」というものがあります。つまり「あらゆるものは動きの中にある」ということですが、音楽において次のような多くの表現もそれを示しています。「進行」「跳躍」「経過」「段落(音節)」「パッセージ」「フーガ」「急いで」「だんだん速く」「遅く」などなど・・・。
個々の音と他の音を一定の力で結びつけ、その音に全経過(メロディ全体や曲全体など))に対する機能的な意味(それぞれの役割など)を与えるのがこの「エネルギー」なのです。
つまり「音楽」を考える時に重要なのは、音楽全体を貫いている「力の流れ」なのです。その流れ方の違いによって動きの促進が「緊張」と感じられたり、逆に鎮静が「弛緩」と感じられたりするのです。音楽というものは「緊張(エネルギーの蓄積)」と「弛緩(エネルギーの解放)の連続であり、その繰り返しなのです。どのように緊張し弛緩していくのかはその音の連続の仕方や関連性によって変化します。その多様な緊張と弛緩が音楽を奥深いものにしているのです。指揮をしたり合奏をしたりする立場にある皆さんに忘れて欲しくない大切なことです。当たり前過ぎて、指揮者、指導者先生や先輩方もこのことを改めて皆さんに伝え忘れているかもしれませんね。ですからここで僕が代わりにお伝えしました。
みなさんは「ゲシュタルト崩壊」という言葉を知っていますか?その意味を国語辞典から引用します。
ゲシュタルト崩壊(げしゅたると・ほうかい)
《「ゲシュタルト」は形態・姿の意》全体性が失われ、各部分に切り離された状態で認識されるようになる現象。
(小学館「大辞泉」より)
個々の要素の総体以上の完結した全体として現れることが、音楽における「ゲシュタルト」と言えると思います。「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、音楽(楽曲)という「森」全体を把握し意識することが一番大事で、そのために音のつながりや音階、旋律などの仕組みという「木」や「枝葉」などの部分的なところを見ていくということが大事になってくるのです。音楽を「ゲシュタルト崩壊」させてはいけないのです。そのつながり(旋律、和音の連続、音楽の形式)が1+1=2のような単純な足し算以上のものとして体験されていくのです。
「この音のピッチが悪い」とか「ここのハーモニーが濁っている」とよく言われるでしょうし、よく言っているかもしれません。それらのことは全体の流れを把握して、その中でどのような役割を果たしているのかを認識することが何よりも大事なのです。
とはいえ、その個々の要素の中にはみなさんが大事にして覚えておきたいことがたくさんあります。その要素の蓄積やつながりが音楽を形作っていくのです。
§4.「導音」~安定へとエネルギーを向かわせるために大切な音要素
もう一度、長音階のテトラコードの音の間隔を見てみましょう。
第一テトラコード=全音―全音―半音
第二テトラコード=全音―全音―半音
これらの4音音階の両端の音は後に触れる「三主要和音」の主音としてとても重要な役割を果たす音になります。そのことについては改めて筆を起こしたいと思いますが、このことが大切なことだということを覚えておいてください。
どちらも同じ構造です。この中で第3音の上と第7音の上の間隔が「半音」になっています。このことは音楽にとって非常に大切な要素なのです。
その半音間隔の中でも最も重要なのはテトラコードをつなぎ合わせてできる「音階」の第7音です。その第7音のことを「導音(どうおん。Leading note(英))」といいます。主音(音階の第1音に当たる音)への解決を求める性質を持ち、ある安定した音(主音)への解決を「導く音」なのでこのような名前がついています。導音についてはもっと広い意味で解釈される導音も多数ありますが、ここでは第7音で次の音に半音で移動する音だけを取り上げますので、まずはそれを覚えておきましょう。様々な調性の「シからド」に進む半音、それが導音です。
半音で進む音には凝縮されたエネルギーが内包されています。先に進ませる特に強いエネルギーで必然的にグループの最後の音への解決を求める性格を持っています。導音は常に半音ですが、全音でも人工的に(シャープやフラットなどの臨時記号により)臨時的(強制的)に導音を作ることができます。今後話題になる「調性や調号」についてお話しする時にも、この「導音」が重要な意味を持ってきます。
そのような音階の最後の音の前の導音は特に重要なものです。
この導音は音楽の理論の中で「ズブゼミトニウム・モーディ」(調または旋法の主音の半音下の音という意味)といい、「繊細な音」「特徴的な音」と呼ばれて非常に重要な役割を果たしてきました。
§5.和声的短音階と旋律的短音階
エオリア旋法が原型の短音階のことを「自然的短音階」と呼びます。
このエオリア短旋法の第7音から主音に解決する音の間隔は「全音」ですね。その第7音を半音上げて「導音」を作り出してできた短音階が「和声(的)短音階」と呼ばれるものです。和声的短音階は「ドゥアモル(長音階的短音階)」といわれます。Moll(短音階)だが第2テトラコードが長音階(Dur)的な音配列なのでこのように呼ばれます。このような音階になります。主に和声に利用されるためこのような名前で呼ばれています。
HMS=Harmonic minor scaleの略
第7音を導音にすることにより、第6音と第7音の間の音程の感覚が「増2度」(半音3個分)になります。和声の進行においてはあまり問題にならないのですが、この増2度音程はスムーズで自然な音階の進み具合には少し都合が悪く、歌いにくいという弱点があります。
それを歌いやすくするために進化したのが「旋律的短音階」でこのような音階になります。
MMS=Melodic minor scale
第6音も半音上げることで増2度音程を解消して、自然な「半音」と「全音」から構成される音階を作ります。導音というのは第7音から主音に移るための半音のことですので、図のように下行では旋律短音階の上行で半音高められた第6音と第7音は無意味なのでエオリア旋法(自然短音階)が用いられます。このことは、増2度音程の解消と人工的に作られた導音のために同じ主音の長調に大幅に近づいて、短調の性格が曖昧にならないようにするという理由があります。
もう一つ覚えておきましょう。あらゆる短音階は同じ調号を持つ長音階の幹音の二つ下(全音1個+半音1個分)のところに基音を持ちます。そのような同じ調号を持つ長音階と短音階の関係を「平行調」と呼びます。そして同じ主音を持った長音階と短音階の関係は「同主調(同名調)と呼ばれます。
これでみなさんは音階にとても詳しくなりましたね!次回第10回はこれまでのお話の続きにはなるのですが、また新しい項目である「音程」と「調号」のお話をしていきます。来週までにこれまでの音階のことを、じっくりと復習して来週からに備えましょう。「千里の道も一歩から」と言われます。皆さんも焦らず、じっくりと一つずつ自分のものにしていきましょう。
それでは次回をお楽しみに!
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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